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友情のレポーター / 歴代のレポート
2002年夏休み派遣レポーター 田中亜実さん・山本周平くん

「2002年夏休みの子どもレポーター」がフィリピンのストリートチルドレンや「若者の家」で生活をしている子どもたちの取材をしてきました。今回は<アーティスト>の呼掛けに応募し選ばれたレポーターです。山本周平くんはお得意の切り絵を、田中亜実さんはピアノ演奏を「若者の家」の子どもたちに披露して好評を博しました。また踊るのが大好きなフィリピンの子どもたちは彼らと一緒にダンスをして、一緒に汗だくになる場面も見られました。

取材中に訪れたパヤタスごみ集積場では、子どもたちが缶やペットボトルなどを拾ってリサイクル業者に渡して日々の糧を得ているのですが、今回2人の「子どもレポーター」たちにとって彼らと同世代の子どもたちが家族のために働いていることは、とてもショッキングな事実だったようです。一方で墓場で生活をするストリートチルドレンとの出会いを通じて、思わずうれしくなるような体験もあったようです。

山本君はレポートの中で次のように書いています。

「ゴミの山の少女は、学校にも行かずに家族のために、あの悪臭の中ゴミをひろう生活をつづけているのはまぎれもない事実。無理もないことだが彼女は自分がゴミの山で働いていることを恥ずかしがっている。パヤタスのゴミの山を流れる川はコーラのような茶色で、やはりすごい悪臭がしていた。山はメタンガスの発散などで地域に大気汚染をもたらしている。こんなところをぬけだしたいと思うのは当然だろう。彼らだってけっして好きでゴミの山にいるわけではないと思う。」



また田中亜実さんはマニラ市内の墓場に住んでいる子どもたちと会った時のことを次のように語っています。

「(お墓で生活する子どもたちは)お棺をベッドやテーブル代わりに生活していました。ボンドを吸った後のビニール袋や空ビンが散乱していました。これだけ聞くと暗くて恐ろしい、人に危害を加えるような悪い子どもたちを想像するかもしれませんが、少なくとも私が出会った子どもたちは皆、明るく元気で心優しい子どもたちばかりでした。彼らは「I am street children」と笑顔で私に話しかけ、カメラを向けると嬉しそうにポーズをとりました。
(墓場で生活するストリートチルドレンへピザをプレゼントした時)ピザを手にした1人の小さな男の子が私に「半分いかが?」と声をかけてくれたのです。普段お腹いっぱい食べているわけではないのに、私に半分分けてくれるというのです。私は驚くと同時にとても嬉しい気持ちになりました。」

またストリートチルドレンの子どもたちについては次のように話しています。

「常に笑顔を忘れない子どもたち、明るい中にどことなく悲しげなものを感じさせる子どもたち、親もいない子どもたち、すさまじい環境を生きていく子どもたち、たくさんの子どもたちがいたけれど、みんなちゃんと生きてたような気がする。」

帰国後、「フィリピンの子どもたちに対して自分たちにできることは何だろう?」という疑問を持ちながら、2人のレポーターたちは今後の自分の生き方を考え始めているようです。

2002年夏休みレポーター
田中亜実(当時14歳)
山本周平(当時15歳)

 

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