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友情のレポーター / 歴代のレポート
2006年夏休み 友情のレポーター インドネシア取材
  
安江一穂くん(15歳)  山口春香さん(15歳)  
派遣期間 2006年8月17日(土)〜8月27日(月)
2006年度「友情のレポーター」はUBS証券会社様のご協賛と、国際ソロプチミストアメリカ日本東リジョン東京‐広尾様のご協力により実施されました。
安江一穂/岐阜県(派遣当時15歳)

村は地震に破壊され、至る所がれきの山。その光景は、あまりにも無惨なものだ。家をつくる主要な資材であるレンガが、そこらじゅうに積み重ねられていた。『レンガは時がたつと弱くなる。しかし、新しい資材が足りないため、地震で崩れたそのレンガを使って、新しい家を建てなおすしかないのだ』。村の中を見て歩くことにする。村の様子を一言で表わすなら、ぐちゃぐちゃ、だ。すべてが壊れている。落ちているレンガを一つ拾う。両手で力を入れると、それはあまりにももろく砕け散った。

しかし、どうしてだろう。子どもたちはこんなにも明るく元気だ。地震に何もかもを壊され、怖かったり、悲しかったり、色々なつらい思いがあるはずなのに。彼らの心の中には一体何があるというのだろうか。

Linaが地震のことを話すとき、彼女の様子は大きく変化する。声がおびえているようだ。彼女の家は完全に破壊された。言葉では簡単に「破壊された」と言ってしまえる。しかし、そこには計り知れない恐怖と失望感とがある。何もかも奪われてしまうのだ。困難を乗り越えようとする時に、だた手伝うのではなく、一緒にそれを乗り越えようとすることができれば、それはとても素晴らしいことだと思う。僕が今回感じた国境は、地図上のただの線でしかなかった。僕にはすばらしい友だちがたくさんできた。そこに国の違いはあまり感じなかった。

地震があった事実を忘れてはいけない。つらい思いをする子どもたちのことも。彼らと共に、困難をこえていきたいと思う。長い道のりになるかもしれない。しかし、僕らと彼らとは、けっして遠い存在ではないし、日本とインドネシアの距離もそれほどはなれていないのだ。彼らとずっといっしょに笑っていたい。
 
山口春香/佐賀県(派遣当時15歳)

ジョクジャカルタ空港に着いた。メインストリートを進んだところで、やたらと崩れたブロックを見ることに気付いた。道路わきに、店の前に、屋台のおじさんの後ろに・・・。初めての国の雰囲気に少しの興奮を抱いていたそのときの私は、いたるところに積まれているがれきを見て、その姿にショックを覚えた。「現地に行きたい」と言ったのは、自分ではなかったのか。

とうとう村に着いた。崩れた家やがれきが本当に山のように積まれている。仮設された簡素な家やテント。それらが、この地震の被災状況を物語る。四方八方、そうなのだから。ウォノクロモ村は、村内の建物の9割強が全壊、半壊、きれつ・・・何らかのダメージを受けている。なのにみんなが明るい。なぜ?心のもやもやはさらに大きく拡がっていく。「この村は、大きな道から離れていたせいで、政府からの支援がないに等しかった。復興はとても遅れていたし、政府からは一ヶ月の間にカップ麺と水が少ししかこなかった。」この村だけがそういう状況ではない。

被災した男の子と、そのお母さんに別々に話を聞いた。お母さんは、仮設の家が自分の家だとは思えない、いつまた希望が持てるかわからないと言っていた。家族を支えたい、と夢を持つ少年。そして、実際に家族を支えなければならない母親。黙って、相づちを打つしかできない私。あまりにも遠くを見続けていたお母さんを見ていると、大人と子どもの世界の違いをつきつけられているようだった。世界を見て、何とか力になれることをみつけたい、と、そんな思いで私はこの活動に参加したのだ。けれど、結局はひとりでなしえることは少ないと知った。それでも、代わりに得たものは大きかったと思う。そして忘れられるなどありえないほどに、心と心をつないでいる、友情という名の絆。



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